全てが必然であって欲しいと思う自分がいる。


 ********


 闇夜に浮かび上がった、時を告げる舞台にて。
 初めて相対した人物。
 顔を見ることなく、言葉すら交わさずに互いの存在を感じ取っていた。
 泥棒には、はじめから興味はなかった。
 けれども自分が関わって来た犯罪者の中で、初めて逃してしまった相手で…。
 その相手の事を、本当は知らなければならなかったのに、何処かで警鐘を告げるものに従い…………その存在を忘れた。


 ―――それが1度目。

 
 自分が何処にも居ない。
 確かにここに居るのに。 
 本来の姿を失った自分は、「もっと」と、事件の存在を貪欲に欲しがる。
 偽りの姿、力ない自分の手に…………燻る焦燥を、謎への探求心に摩り替える。
 手にした暗号に、警鐘が鳴り響く。それに耳を塞いで望んだ舞台。
 ただの興味本意。確かめれば満足しただろう己の心は、相手の存在感と告げられた言葉に容赦なく縛られた。
 もう忘れる事すら出来ないほどに脳裏に、心に刻み込まれた相手の姿。 


 ―――それが2度目。



valentain tea




 「………んっ……」

 瞼を閉じてても感じる眩しさに、意識がだんだん浮上してくる。
 意識は、はじめは光を、次に温もりを、最後に音を捕える。…それらを捕えて、認識したとたん。

 「!!……つっっっ!!」
 
 がばりと跳ね起きて、部屋のある場所を見る。
 視線の先のテーブルには、揃いのティーカップが一組と、ティーポットが置かれていた。
 ………昨夜、彼が準備したそのままの状態で…。

 いつも呼ばずとも訪れる彼。
 昨夜も来ると思っていた。
 なのに、昨夜に限って彼はいつまで待っても訪れなくて………………。
 特別な日だったのに、どうしても来て欲しかった日だったのに。
 
 「………バーロ……」
 
 またベットに逆戻りした彼は、そう呟くと枕に顔をうずめる。
 「何故」と心が囁く。
 その心をねじ伏せる。
 探偵を名乗る自分の本質、今はそれが煩わしかった。
 
 
 ……………泣きたいのに泣けない、そんな自分が煩わしかった。

 
 もう何度目なのだろうか。 
 月が綺麗な夜に訪れる訪問者。
 切っ掛けがなんだったのかも思い出せない秘密の逢瀬。
 探偵と怪盗。両極に位置する二人は、月夜にささやかな、静かな御茶会を催す。
 怪盗の好む紅茶と交わされる会話を楽しんで、はじめは紅茶の煎れ方さえ知らなかった探偵も今では自分で煎れられるくらいになるほど繰り返された時間。
 何時のまにやら、揃いのティーセットが探偵の部屋に常備されていて……。
 不思議なくらい穏やかな一時。
 

 ―――それが、何時までも続くと錯覚していた。


 二度目の目覚めは、もう日も落ちた夕方であった。
 
 「…………」
 
 新一はゆっくりと起き出して、またテーブルに目を向ける。
 朝から……昨夜から変わらない光景。
 視界に入るそれに、息が詰まった。
 
 「……片付けねーとな…………」
 
 緩慢な動作で、ティーカップを。ポットを片付けた。
 二重造りになったスライド式の本棚。
 その後ろの棚に隠す様にそれらは置かれた。そして、前の棚を動かして隠す。
 隠して、やっと少し安心する自分に苦笑が零れる。…いや、自嘲の笑みが零れた。

 「……ゲーム・オーバー………」
 
 最後に、紅茶の葉の入った袋を………ゴミ箱に投げ捨てた。


 ********

 
 「好きだ」と自覚したのは何時だろうか?
 
 
 探偵が、怪盗……犯罪者に恋するなんて。
 気付いた時にはもう手遅れ。
 恋の病は…ってな感じに成り果てて居て………。
 だが、思いを自覚しても、互いの立場に、同性(たぶん男だと推理して)の立場に、自分のプライドに、想いを告げられなかった。
 なにより、想いを告げる事によって月夜の一時を失う事を恐れた。

 
 ―――出口を塞がれた思いが、内側で暴れる。
  
 
 彼の姿を見る毎に――凛とした気配と闇に染まらぬ白。
 彼の声を聞く毎に――張りのある声は何時までも耳に残り。
 暴れる思い。その苦しさはあの、小さくなってしまた薬の苦しみ以上で……。
 いっそ、捨ててしまいたい衝動に狩られたけれども、同時に感じる歓びも同じくらいで……いまだに捨てられずに抱え込んでいる。




 推理小説の新刊を手に入れるために、足を運んだ百貨店。
 
 訪れたとたん、そこに溢れる女性や、赤やピンク、あるいは金色のディスプレイに、新一はもうすぐバレンタインである事に気付いた。

 「もう、そんな時期なのか…」
 
 ややげっそりとして呟かれた言葉は、毎年のあのチョコの多さを思い出してのものだった。
 今年はもう3年と言う事で、ありがたい事に学校には行かなくて良いと言う学校側の配慮に感謝する。
 家に届けられるものはしょうがないとしても、登校中渡される数も相当なものなのだ。
 今年はどうしようかと(どう逃げようかと)考えながら書店に向かう。
 もうその頃には新一の中からバレンタインの言葉は消去されていた。

 
 目当ての新刊を購入して、更に大きな書店ならではの専門書の数々に、嬉々としながら興味ある本を十数冊購入。新刊だけを手に、残りは配送の手配を済ませれば、時計はもう6時を指していた。

 「なんか食って帰るか…」

 新一は、帰宅してから準備しなければいけない手間が嫌でそう決定した。
 要するに早く新刊を読みたいのである。
 何処が良いかなと、百貨店の案内板を探し目を向ける。

 「あ………」

 目に飛び込んできた「紅茶専門店」の文字に声が零れる。
 
 ―――怪盗との月夜の茶会。
 
 真っ先に思い浮かんだのはその情景。



 
 帰り道。
 手に持った荷物に目を向けて、新一は微かな笑みを零す。
 手には、推理小説の新刊と紅茶専門店のロゴが入った紙袋。
 あの後、その店に行ってみて、軽く食べられるものも出していたのでちょっと早い夕食には良いかと決めた。
 注文したアッサムティーと小さなサンドイッチやグラタン風に仕上げたパイ。
 小さいながらも種類はいろいろあって、かなりの量だった。
 紅茶も美味しく、最近誰かさんの所為で紅茶に関して肥えてしまった舌も合格点を出す。
 
 「……………よし」

 新一は店の一角に設けられたコーナーを見ながら、決める。
 頬がほんの少し赤くなった。


 

 そんな、新一にとっては一代決心の元、購入された紅茶は今はゴミ箱の中。
 その葉はほんのりチョコの香りのする紅茶。
 バレンタインの夜だけの紅茶。
 たった一日だけの紅茶。
 新一の部屋を訪れる白き彼の人のためだけに用意された紅茶。
 

 ********

 
 全てを片付け終えた新一は、リビングに降りて行った。
 
 そうして主の居なくなった部屋。
 そこには探偵が気付かなかった事が2つある。
 伏せられた新一の方のティーカップの中にあるものと、ちょっと量の減った紅茶の葉。
 ちょうど、一人分減った紅茶の葉。



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去年、書いたものです。
吉行嶺さまのサイトにも置かせて頂いております。
その時、嶺さまに素敵なタイトルをつけて頂きましたvv
ありがとうございますvvvv
新ちゃん乙女……(((((;^^)




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