チャポン………。 微かな水の音が響く。 オレンジがかった乳白色の水は、温かく体を包み柔らかな香りを立てていた。 チャポン………。 髪から落ちた雫が、落ちて音を立ててた。 何故ここに居るのだろう? ぼんやりとした思考ははっきりしない。 ただぼんやりとした中、はきり存在するのは―――――――。 『ゆっくり温まって来て下さいね』 やわらかい声。 green leaf
1 携帯電話の呼び出し音。 着信履歴が一番多い一課の警部に呼ばれ、事件を解決する。 証拠を見つけ、アリバイを崩し、動機を探り……。 そして開かれる推理劇。 真実を明らかにして終わりを告げた。 そう、何時もの自分にとっては日常だった筈なのだ。 事件が解決した後の、自分の記憶がない事を除けば………………。 犯人逮捕の後、警部や関係者に挨拶をしてその場を去ったまでは憶えている。 だが、その次の記憶は自室のベットで目覚めた時から。 事件現場から自宅までの間に一体何があったのか、欠けた記憶が思い出せない。 手がかりとして残っているのは、ふんわりと自分の身体から香るカモミールの香りと。 身に纏っている服。 自分で買ったとか、あの構いたがる母親から贈られた物でもない全く見覚えの無い服。 ―――淡いベージュ色で肌触りの良いシャツと、チャコールグレイのスラックス。 お気に入りの服みたいに馴染んでいて、凄く着心地が良い。 そして――――。 『大丈夫ですよ』 耳に残っているバリトン……いや、ハイ・バリトンの声。 誰の声か憶えがないけれど、何故だろう…不思議と思い出す度に心が温かくなった。 それから数日後。 「ったく、おっせーなぁ〜」 約束した時間から、既に20分過ぎている。 待ち合わせの場所で、新一はだんだん不機嫌になっていく。 高校の卒業式から、大学の入学日までの休み。 本当は家でゆっくり推理小説を読んでいたかったのだ。 けれども休みに入る前……いつもの如くと言って良いのだろうか? 幼馴染とその親友に一緒に買い物に行くことを強引に決められてしまった。 自分がこれと言って欲しいものが無い所為か、買い物なんて行きたければ二人で行けばいいだろうに、と思ってしまう。 今日、振られるであろう役割を思い出し、益々新一は機嫌を降下させた。 女二人に、男一人。 普通なら両手に花だと喜ぶべき状況なのだろうが………。 これに買い物とくれば、男の役割は荷物持ち確定、決定なのである。 反対して避ける余地は一切無い。 なにしろ相手は、強引に物事を進める事を得意とする某財閥のご令嬢と、大会優勝経験ありで踵落しをにっこり笑って繰り出してくる幼馴染。 特に幼馴染の蘭には、コナンであった頃に散々心配を掛けた自覚があるので自分に出来る事はしてやりたい。 が、現在機嫌降下中の新一はそう思っていた事を忘れてしまっていた。 「いや〜、ご〜めんごめん。新一君」 「ごめんね、新一。待たせた?」 「おっせーよ、おめーら」 もう、このまま帰ろうかと考えたところに待ち人来たり。 新一は、あと5分経っても来なかったら帰ろうと思っていたのに、と内心残念がった。 帰ったら、楽しみにしていた推理小説を読むのだと決めてもいた。 ……まあ、その場合。『お詫び』と称してまた付き合わされるだろう事は、新一の機嫌がこれ以上降下しないように気付かないままにさせて置いた方が良いだろう。 「で、どこ行くんだぁ?」 新一は諦め混じりに尋ねる。 世の中大半の女性は、買い物していて途中で良さそうな店があれば、すぐにころころと予定を変更して下さる方々。 母親と、この二人の買い物に散々付き合わされてその事を学んだ新一は、増える荷物をなるべく少なくする為に予め予定を訊いておく知恵を付けた。 母親の有希子の場合は、その場に優作も居る事が多いから殆どを押し付けられるし、1対2で分担できる……。ちなみに優作氏は新一に押し付けられた荷物をそっと、帰ってから直ぐ要る物・要らない物とに見分けて宅配の手配をする。 しかし、この二人の場合は逆に2対1で自分だけなのだ。 予定も訊かず、ただ連れ回されるだけなら自分が持つ荷物が増える事は必至。 連れられながらもそれとなく軌道修正を計っていけば、二人は予定を消化できて良し。自分も増える荷物が少なくなって負担が軽くなる。 また、そうする事によって買う事が出来なかったと再び連れ出されるのを防ぐ事も出来る。 そんな新一の苦労など知らず、蘭と園子は楽しげに今日の予定を話し合った。 |